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マラソンの起源はどの戦争に関連していますか?
- 第二次世界大戦
- ギリシャ・ペルシャ戦争
- アメリカ独立戦争
- 十字軍
マラソンの起源は、古代ギリシャの戦争と深く関連しています。具体的には、紀元前490年に起こった**「マラトンの戦い」**の故事に由来するとされています。
マラソンの起源と戦争の関連性
- マラトンの戦い: 紀元前490年、古代ギリシャのアテナイ(現在のアテネ)は、強大なアケメネス朝ペルシア帝国の侵攻を受けました。アテナイ軍はアッティカ半島東部のマラトンという平野でペルシア軍と激突し、数で劣るギリシャ軍が奇跡的な勝利を収めました。
- 伝令の兵士の伝説: この勝利をアテナイの市民に伝えるため、ピリッピデス(またはフェイディッピデス)という伝令の兵士が、マラトンの戦場から約40km離れたアテナイまで、休むことなく走り続けました。彼はアテナイに到着すると「我ら勝てり!」と勝利を報告し、そのまま力尽きて息絶えたと伝えられています。
- 近代オリンピックでの採用: この伝説が、1896年にアテネで開催された第1回近代オリンピックで、長距離走競技「マラソン」として採用されるきっかけとなりました。近代オリンピックを提唱したピエール・ド・クーベルタン男爵や、ギリシャの古典学者ミシェル・ブレアルが、この「マラトンの戦い」の故事に感銘を受け、新競技として提案したとされています。
注意点:伝説と史実
- 「我ら勝てり!」の伝説: ピリッピデスがマラトンからアテナイまで走って勝利を伝えたという話は、非常に有名ですが、実は古代の歴史家ヘロドトスの『歴史』には、彼がマラトンからアテナイへ直接走ったという明確な記述はありません。ヘロドトスは、ペルシア軍との戦いの前に、ピリッピデスがアテナイから援軍を求めるためにスパルタまで約240kmを往復した、と記しています。
- 近代の創作: マラトンからアテナイへ走った伝令の物語は、むしろ近代になってから創造されたり、美化されたりした部分が大きいとされています。しかし、この伝説がマラソン競技の名称と距離の由来になったことは間違いありません。
- 距離の変遷: 当初のマラソン競技の距離は「約40km」という曖昧なものでしたが、1908年のロンドンオリンピックで、王室の要望によりウィンザー城から競技場までの距離が延長され、現在の42.195kmが確立され、1924年のパリ大会から正式にこの距離が採用されました。
このように、マラソンという競技は、古代ギリシャの戦争における「勝利の伝達」という劇的な出来事を背景に生まれ、今日まで世界中で愛されるスポーツとなりました。その起源には、戦争という過酷な状況下での人間の限界への挑戦と、勝利への強い願いが込められていると言えるでしょう。
