弥生時代後期(2世紀末)に日本で起こった争乱は?

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弥生時代後期(2世紀末)に日本で起こった争乱は

  1. 倭国合戦
  2. 倭国大乱
  3. 日本乱戦
  4. 弥生大戦

【答え】 倭国大乱

「倭国大乱(わこくたいらん)」は、2世紀後半(弥生時代末期)に古代の日本列島、特に倭(わ、現在の日本)で起こったとされる大規模な争乱です。この出来事は、主に中国の歴史書である**『後漢書』東夷伝『三国志』魏志倭人伝**に記述されており、特に魏志倭人伝にはその後の卑弥呼の登場と関連して記されています。

倭国大乱の時期と状況

  • 時期: 『後漢書』には、後漢の桓帝(146年-167年)と霊帝(168年-189年)の治世の間に倭国が大いに乱れ、互いに攻撃しあって長期間にわたり王が不在であったと記されています。
  • 期間: 『魏志倭人伝』には「相攻伐して年を歴(へ)たり」とあり、中国の正史における「歴年」は「8年±数年」を意味するとも言われていることから、数年にわたる長期的な争乱であったと考えられています。
  • 背景: それ以前の倭国では、百余りの小国が分立しており、その中には男子を王とする国もありました(例えば、107年に後漢に遣使した倭国王・帥升)。しかし、何らかの原因でこれらの国々が争い始め、混乱が深まったとされています。

倭国大乱の終結と卑弥呼の登場

倭国大乱は、最終的に邪馬台国の女王・卑弥呼(ひみこ)が共立されることで収束したとされています。

  • 卑弥呼の登場: 『魏志倭人伝』には、「乃(すなわ)ち共に一女子を立てて王と為し、名を卑弥呼と曰(い)ふ。鬼道(きどう)を事とし、能(よ)く衆を惑(まど)わす」と記されています。つまり、長引く戦乱に疲弊した諸国が、呪術的な力を持つとされる一人の女性(卑弥呼)を王に推戴することで、争いが収まったとされています。
  • 鬼道: 卑弥呼が「鬼道(きどう)」を事としたというのは、彼女がシャーマン(呪術師)的な能力を持ち、人々を統率したことを示唆しています。
  • 外交: 卑弥呼は、魏に使いを送り、「親魏倭王」の称号と金印紫綬を授けられるなど、中国王朝との外交関係を築きました。これは、彼女の権威を内外に示す上で重要な意味を持ったと考えられています。

倭国大乱の規模と原因に関する諸説

倭国大乱の具体的な規模や原因については、様々な説があります。

  • 規模の解釈:
    • 広範囲説: 記述が「倭国大乱」とされていることから、日本列島の広範囲にわたる大規模な争乱であったと考える説。
    • 局地説: 考古学的発見(矢じりの刺さった人骨や環濠集落の存在など)は各地で見られるものの、当時の交通インフラや集落の分散状況を考慮すると、九州北部など特定の地域での内乱が激化し、それが中国側に「大乱」と認識されたとする説もあります。
  • 原因の解釈:
    • 支配権争い: 男子王から女子王への移行に伴う、王位継承を巡る争い。
    • 気候変動: 弥生時代後期は気候変動が激しく、大雨や干ばつなどによって食料生産が不安定になり、資源を巡る争いが発生したとする説。
    • 鉄器の普及: 鉄製武器の普及により、戦闘の激しさが増したとする説。

倭国大乱は、弥生時代から古墳時代への移行期における、日本の国家形成の重要な段階を示す出来事とされています。この混乱を経て、卑弥呼という特異な指導者が登場し、邪馬台国を中心とした政治体制が確立されたことは、その後の日本の歴史に大きな影響を与えました。

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