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葡萄牙とはどこの国?
- ベルギー
- スペイン
- ポルトガル
- ルクセンブルグ
ポルトガルはイベリア半島の西端に位置し、その成り立ちは、様々な民族や文化の影響を受けながら、数世紀にわたる複雑な歴史を経てきました。
1. 古代からローマ支配まで:
- 先史時代: イベリア半島には旧石器時代から人類が居住しており、ポルトガルにも多くの遺跡が残されています。新石器時代には農耕が始まり、ドルメン(巨石墓)やクロムレック(環状列石)が各地に築かれました。
- フェニキア人・ギリシャ人・ケルト人の影響: 紀元前1000年頃からは、交易を目的としたフェニキア人やギリシャ人が来航し、青銅器文明をもたらしました。また、ケルト人も断続的に侵入し、先住民であるイベリア人と混血しました。
- ローマ帝国の支配: 紀元前3世紀末の第二次ポエニ戦争後、ローマ共和国がイベリア半島に進出。現在のポルトガルにあたる地域は、属州ルシタニアやガラエキアに再編され、約600年もの間、ローマの支配下に置かれました。この期間に、ラテン語が普及し、ローマ文化が深く根付きました。首都リスボンも、ローマ人が建設した都市「オリシボ」が起源とされています。
2. ゲルマン民族の移動とイスラム支配:
- ゲルマン民族の侵入: 4世紀以降、ローマ帝国が衰退すると、ゲルマン民族の大移動が始まり、スエヴィ王国(現在のブラガが首都)や西ゴート王国がイベリア半島を支配しました。
- イスラム勢力の侵攻(ムーア人): 8世紀初頭(711年)、北アフリカからイスラム教徒のウマイヤ朝の軍隊(ムーア人)がイベリア半島に侵入し、瞬く間に半島の大半を征服しました。現在のポルトガル南部もイスラム支配下に入り、独自の文化が栄えました。
3. レコンキスタとポルトガル王国の成立:
- レコンキスタの開始: 8世紀以降、キリスト教徒がイスラム教徒から国土を回復する運動、いわゆる「レコンキスタ(再征服運動)」がイベリア半島で始まります。
- ポルトゥカーレ伯領の成立: 9世紀には、現在のポルトのあたりに「ポルトゥカーレ伯領」が成立します。この地名は、後に「ポルトガル」という国名の由来となります。
- ポルトガル王国の独立: ポルトゥカーレ伯アフォンソ・エンリケスは、レオン王国(カスティーリャ王国の前身)からの独立を志向し、1139年に自らポルトガル王を称しました。1143年にはレオン王国国王から、1179年にはローマ教皇から正式に独立が承認され、ポルトガル王国が成立します。これがポルトガルの始まりです(初代国王アフォンソ1世)。
- 国土の確定: その後もレコンキスタを推進し、1249年にはアフォンソ3世がアルガルヴェ地方を征服したことで、ほぼ現在のポルトガルの領土が確立されました。
4. 大航海時代と植民地帝国の隆盛:
- アヴィス王朝の確立: 1383年の王位継承危機を乗り越え、1385年にジョアン1世が即位してアヴィス王朝が成立。この王朝のもとで、ポルトガルは黄金時代を迎えます。
- 航海技術の発展と海外進出: 15世紀初頭、エンリケ航海王子の主導により、航海技術が飛躍的に発展しました。これによって、ポルトガルはヨーロッパに先駆けてアフリカ沿岸の探検を開始し、新航路の開拓に乗り出します。
- 広大な植民地の獲得: バルトロメウ・ディアスによる喜望峰到達(1488年)、ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開拓(1498年)に成功し、アフリカ、アジア、南アメリカ(ブラジル)に広大な植民地を獲得し、「ポルトガル海上帝国」を築き上げました。日本にもポルトガル人が漂着し、鉄砲やキリスト教が伝えられるなど、日本史にも大きな影響を与えました。
5. 衰退と近代化:
- スペインとの同君連合: 1580年、ポルトガル王位継承問題から、スペイン王フェリペ2世がポルトガル王を兼ねることとなり、ポルトガルはスペインとの同君連合(イベリア連合)に入ります。これにより、ポルトガルは一時的に独立性を失いました。
- 独立回復とブラガンサ朝: スペインの支配に対する反発が高まり、1640年にリスボン蜂起が起こり、独立を回復。ブラガンサ家のジョアン4世が即位し、ブラガンサ朝が成立しました。
- 植民地の喪失と共和制への移行: 19世紀に入ると、ナポレオン戦争の影響や、ブラジルの独立(1822年)などにより、植民地が次々と失われ、国力は衰退しました。王政に対する不満が高まる中、1910年の革命によって王政が廃止され、ポルトガル共和国が成立しました。
このように、ポルトガルはローマ帝国の支配、イスラム勢力とのレコンキスタ、そして大航海時代の栄光と植民地帝国の築き上げという、独自の歴史を経て、現在の姿となりました。
