毎年1回無料航空券と交換継続中!ポイントタウンのクイズと答えで「天智天皇が定めた,日本で最初の令を何と言うでしょう?」を正解してポイントをゲットしてポイ活を楽しみませんか?
天智天皇が定めた,日本で最初の令を何と言うでしょう?
- 養老律令
- 飛鳥浄御原令
- 近江令
- 大宝律令
天智天皇が定めたとされる、日本で最初の令は、**近江令(おうみりょう)**です。
これは、668年に天智天皇が即位した後、都を近江(おうみ、現在の滋賀県大津市)に移した際に制定されたとされています。しかし、この近江令については、現存する文献がなく、その存在や内容については議論の余地があります。
近江令の概要(とされていること)
- 制定時期: 天智天皇の治世(668年〜671年)とされています。特に、即位直後の668年頃と考えられています。
- 目的: 飛鳥時代後期に、律令国家体制を整備する動きの中で制定されたとされています。大化の改新(645年)以来進められてきた中央集権化と律令制導入の一環と見なされています。
- 内容: 詳細な内容は不明ですが、以下のような特徴を持っていたと推測されています。
- 令(行政法・民法に相当)のみ: 律(刑法に相当)は含まれておらず、令のみであったとされています。これは、後に制定される大宝律令や養老律令が「律」と「令」の両方を持つのに対し、大きな違いです。
- 国郡里制の基礎: 地方行政組織である国・郡・里(郷)の制度の基礎を定めた可能性があります。
- 官僚制の整備: 中央政府の組織や官僚の職務、位階などを定めたと考えられます。
- 戸籍・計帳の整備: 課税や労役徴発の基礎となる戸籍や計帳の作成を規定した可能性があります。
- 歴史的意義:
- 本格的な法典への第一歩: 日本における本格的な法典編纂の先駆けとなったと評価されています。
- 律令国家建設への試み: 天智天皇が律令国家建設を目指した強い意志の表れとされています。
近江令に関する学説と課題
前述の通り、近江令は現存しておらず、その存在については歴史学者の間でさまざまな説があります。
- 実在肯定説: 『日本書紀』の記述や、後世の法典である大宝律令・養老律令との関連性から、実在したと考える説です。ただし、その内容は伝承や推測に頼る部分が大きいです。
- 実在否定説(懐疑説): 『日本書紀』の記述が後世に記されたものであることや、具体的な証拠がないことから、近江令というまとまった法典は存在せず、個々の法令が単発的に出されたに過ぎないとする説もあります。
後世の法典との関連
近江令は、その後制定される以下の律令に影響を与えたと考えられています。
- 飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう): 天武天皇が編纂を開始し、持統天皇の時代に完成(689年施行)した令。近江令の内容をより洗練させ、発展させたものと考えられています。
- 大宝律令(たいほうりつりょう): 701年に制定された、日本で最初に「律」と「令」が揃って施行された本格的な律令法典。
まとめ
天智天皇が定めたとされる近江令は、現存しない幻の法典ですが、日本で初めて本格的な律令国家を目指した動きの中で制定されたとされ、その後の日本の法制度の基礎を築いた重要な試みであったと考えられています。その具体的な内容は不明であるものの、日本の古代史を語る上で欠かせない存在として、現在も研究が続けられています。
