次のうち、日本初の警報は?

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次のうち、日本初の警報は?

  1. 大雨警報
  2. 大雪警報
  3. 波浪警報
  4. 暴風警報

【答え】 暴風警報

気象警報は、自然災害から人々の命や財産を守るために、気象庁が発表する重要な情報です。その背景には、過去の甚大な気象災害の経験と、気象観測技術の進歩があります。

警報制度の誕生と進化

  • 明治時代:気象観測の始まりと最初の警報
    • 日本で中央政府による気象観測が始まったのは、1875年(明治8年)です。
    • 1883年(明治16年)5月26日に、日本で初めて「暴風警報」が発表されました。これは、低気圧の発達による大雨や暴風の危険を事前に知らせるもので、この情報によって船の出航を見合わせるなど、実際に災害を未然に防いだ事例も記録されています。
    • 当初は「暴風警報」のみでしたが、災害の種類に応じて警報の種類が徐々に増えていきました。
  • 昭和初期:大規模災害からの教訓
    • 1934年(昭和9年)の室戸台風は、多数の死者・行方不明者を出した甚大な被害をもたらしました。この経験を教訓に、翌年の1935年(昭和10年)には、暴風警報の下位に「気象特報」(現在の注意報)が新設されました。これにより、より詳細な段階で警戒を呼びかけることが可能になりました。
  • 戦後:気象業務法の制定と警報体系の確立
    • 太平洋戦争を経て、1952年(昭和27年)には「気象業務法」が施行され、気象庁の予報・警報業務が法的に位置づけられました。
    • 翌1953年には、警報が「重大な災害が起こる恐れのある旨を警告して行う予報」と明確に規定され、気象警報の種類に高潮、波浪、洪水が追加されました。
    • 1959年(昭和34年)の伊勢湾台風は、戦後最大級の死者・行方不明者を出した災害となり、これを機に警報の発表方法や予報区の細分化が進められました。
  • 現代への進化
    • その後も、1時間雨量や3時間雨量といった具体的な数値基準の導入(1972年)、記録的短時間大雨情報の創設(1983年)、二次細分区域単位での発表開始(1987年)など、社会の要請や観測・予測技術の向上に合わせて、警報の種類や基準、発表方法が何度も改正・改善されてきました。
    • 2013年(平成25年)には「特別警報」が導入されました。これは、警報の基準をはるかに超えるような、数十年に一度レベルの重大な災害が起こるおそれが著しく高まっている場合に発表され、最大級の警戒を呼びかけるものです。東日本大震災のような大規模災害の経験も背景にあります。

気象警報の目的

気象警報が作られた主な目的は、以下の通りです。

  • 災害の予防・軽減: 危険な気象現象が発生する前に、住民や関係機関に警告を発することで、避難や防災対策を促し、被害を最小限に抑えること。
  • 迅速な情報伝達: 広範囲にわたる気象情報を統一された基準で、迅速かつ正確に伝えること。
  • 防災意識の向上: 警報発表を通じて、国民一人ひとりの防災意識を高め、自らの判断で適切な行動を取れるように促すこと。

このように、気象警報は、過去の災害から得られた教訓と、科学技術の発展によって、常に改善されながら、私たちの暮らしの安全を守るために重要な役割を果たしています。

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