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田沼意次が政治上で問題になっていたことは?
- 賄賂
- 寝坊
- 虚言癖
- 二枚舌
田沼意次(たぬまおきつぐ)は、江戸時代中期の老中で、10代将軍徳川家治のもとで活躍しました。その功績と罪(評価の分かれる点)は以下の通りです。
功績
- 財政改革と経済活性化:
- 年貢(米)だけに頼らない財政の立て直しを目指し、商業を重視する政策(重商主義的政策)を推進しました。
- 株仲間の奨励:同業者の組合である株仲間を公認し、営業の独占権を与える代わりに、運上金(税金)や冥加金(上納金)を徴収することで、幕府の財源を確保しました。これにより、商業活動が活発化しました。
- 貨幣制度の改革:東日本で金、西日本で銀が流通していた複雑な貨幣制度を統一するため、金銀の相場に左右されず金と交換できる銀貨「南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)」を発行しました。
- 殖産興業:鉱山開発の推進、印旛沼・手賀沼の干拓事業に着手し、新田開発を奨励しました。また、製塩、養蚕、櫨(はぜ)栽培などを奨励し、特産品の開発にも力を入れました。
- 諸経費削減:大奥の経費を削減したり、役所経費の節減に取り組んだりしました。
- インフラ整備:相良藩領内では、街道や港の整備、防火対策(藁葺き屋根を瓦に変える助成金)など、インフラ整備に努めました。
- 文化の発展:経済の活性化は江戸の町の繁栄につながり、歌舞伎や浮世絵などの江戸文化が花開く土壌となりました。また、民間の学問・文化・芸術が多様な発展を遂げたとも評価されています。
罪・批判点
- 賄賂の横行と政治腐敗:
- 田沼時代は、株仲間公認の見返りや役職の売買など、賄賂が横行したと批判されています。
- 田沼自身が積極的に賄賂を貪ったというよりは、新しい経済政策の中で利益を求める商人や武士が、特権や地位を得るために賄賂が公然と行われるようになり、政治の公平性が損なわれたという見方が近年では強まっています。
- 農民への負担増と社会不安:
- 新田開発や殖産興業が農民に過度の負担をかけ、土地を失う農民も出たという批判もあります。
- 商業重視の政策は、年貢を米で納める農民と、米価高騰で利益を得る商人との間の格差を広げ、打ちこわしなどの社会不安を招く一因になったとも言われます。
- 自然災害への対応の遅れと失脚:
- 田沼時代後期には、明和の大火、浅間山の大噴火、天明の大飢饉といった未曾有の災害が立て続けに発生しました。これらの災害への対応の遅れや、それに伴う米価の高騰、疫病の流行などが民衆の不満を増大させました。
- 長男である意知が城中で暗殺されたことも、田沼政権の動揺を招きました。
- 将軍家治の死去により後ろ盾を失い、松平定信などの反田沼勢力によって失脚に追い込まれました。
現代における評価
近年では、田沼意次の評価は見直され、「賄賂政治家」という一面的なイメージではなく、当時の幕府財政の窮状を打開しようと、既存の農業中心の社会構造から商業を重視した貨幣経済への転換を図ろうとした先駆的な経済政策を進めた人物として、その功績が再評価されています。その政策には、現代にも通じる先進性があったと評価する声もあります。ただし、その政策が結果的に十分な成果を上げられなかった点や、賄賂政治のイメージが完全に払拭されたわけではない点も指摘されます。
