室町時代に一向宗の信徒が中心となって起こした一揆をなんと言う?

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室町時代に一向宗の信徒が中心となって起こした一揆をなんと言う?

  1. 打ちこわし
  2. 楽市楽座
  3. 米騒動
  4. 一向一揆

【答え】 一向一揆

一向一揆は、室町時代から戦国時代にかけて、浄土真宗(一向宗)の門徒たちが中心となって起こした武装蜂起です。その歴史的背景には、当時の社会情勢と浄土真宗の教えが深く関わっています。

室町時代の混乱と浄土真宗の広がり

室町時代は、室町幕府の支配力が弱まり、各地で守護大名や国人(こくじん)と呼ばれる土着の武士、さらには農民までが力を持ち始める下剋上(げこくじょう)の時代でした。特に応仁の乱(1467-1477年)以降は、全国的に戦乱が頻発し、人々は常に不安と貧困に直面していました。

このような時代背景の中で、浄土真宗の教えが急速に広まりました。浄土真宗は、「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも極楽浄土へ行けるという、シンプルで分かりやすい教えでした。また、従来の仏教宗派とは異なり、僧侶の妻帯を認め、民衆に近い存在でした。

蓮如(れんにょ)というカリスマ的な指導者の登場も、浄土真宗の勢力拡大に大きく貢献しました。彼は各地を巡って布教活動を行い、多くの武士や農民が門徒となりました。門徒たちは、寺を中心に集会を開き、強固な信仰による団結力を形成していきました。

一向一揆の発生と目的

信仰によって固く結びついた門徒たちは、戦乱や領主の圧政に苦しむ中で、自らの生活や信仰を守るために立ち上がりました。これが一向一揆の始まりです。

一向一揆の主な目的は以下の通りでした。

  • 領主の圧政からの解放: 過酷な年貢の取り立てや賦役、戦乱による略奪など、領主からの不当な支配に抵抗しました。
  • 信仰の自由の確保: 領主の中には、勢力を拡大する浄土真宗を危険視し、弾圧する者もいました。一向一揆は、信仰の自由を守るための闘争でもありました。
  • 自治の確立: 一揆が成功した地域では、門徒たちが守護大名を倒し、約100年間にわたって自治を行うという、日本史上でも稀有な事例が見られました。特に加賀一向一揆(1488年)は、守護大名の富樫政親を滅ぼし、約90年間、門徒による自治が続いたことで知られています。

戦国大名との対立

一向一揆は、その強固な団結力と「死ねば極楽浄土へ行ける」という信仰心から、戦国大名にとって非常に厄介な存在でした。彼らは死を恐れず戦い、調略や謀略も通用しにくいという特徴がありました。

特に織田信長は、天下統一を進める上で、各地の一向一揆と激しく対立しました。中でも、本願寺の総本山である石山本願寺との約10年間にわたる戦い(石山合戦)は有名です。信長は、長島一向一揆などで徹底的な殲滅戦を行うなど、苛烈な手段で一向一揆を鎮圧していきました。


一向一揆は、単なる農民反乱ではなく、宗教的な結束を背景にした、当時の社会変革を象徴する出来事でした。彼らの蜂起は、戦国大名に大きな影響を与え、その後の統一国家形成にも深く関わっていくことになります。

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