剣豪「宮本武蔵」が書いた兵法の極意書は?

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剣豪「宮本武蔵」が書いた兵法の極意書は?

  1. 五輪書(ごりんのしょ)
  2. 葉隠(はがくれ)
  3. 禁秘抄(きんぴしょう)
  4. 梅松論(ばいしょうろん)

【答え】五輪書(ごりんのしょ)

宮本武蔵(みやもと むさし)は、江戸時代初期の剣術家であり、兵法家、そして芸術家としても知られる歴史上の人物です。その生涯や決闘の逸話は、後世の小説、演劇、漫画、映画など多くの作品の題材となり、「剣豪」や「剣聖」と称されてきました。

生涯と人物像

  • 生没年: 天正12年(1584年)に生まれ、正保2年(1645年)に没したとされています。生誕地には諸説あり、兵庫県の播磨国(現:兵庫県)とする説と、岡山県の美作国(現:岡山県)とする説があります。近年は播磨説が有力視されています。
  • 剣の道: 13歳で初めて勝負に勝ち、29歳までに60余りの決闘で無敗だったと自身が著した『五輪書』に記しています。晩年に夢想権之助との勝負で一度敗れたという説もありますが、その強さは疑う余地がありません。
  • 二天一流の開祖: 二刀を用いる独自の剣術「二天一流」を創始しました。これは、大小二本の刀を同時に使う画期的な兵法であり、後の剣術にも大きな影響を与えました。
  • 晩年: 晩年は熊本の細川忠利に客人として迎えられ、熊本城外の千葉城址に屋敷を与えられました。この地で、自らの兵法の極意をまとめた『五輪書』を執筆しました。また、島原の乱にも養子の宮本伊織を助けて参戦しています。
  • 芸術家として: 剣術だけでなく、水墨画や工芸品(武具・馬具など)の制作にも秀でていました。国の重要文化財に指定されている『鵜図』、『枯木鳴鵙図』、『紅梅鳩図』などの水墨画は彼の芸術的才能を示しています。

有名な決闘と逸話

  1. 吉岡一門との戦い: 京都の兵法家・吉岡一門(吉岡清十郎、吉岡伝七郎、吉岡又七郎)との数度にわたる決闘は特に有名です。若き武蔵が、将軍家の兵法指南役を務める名門道場を打ち破ったことで、その名を天下に知らしめました。遅刻して相手を苛立たせるなど、心理戦も得意だったとされています。
  2. 巌流島の決闘(佐々木小次郎との戦い): 最も有名な決闘の一つが、佐々木小次郎との「巌流島(船島)の決闘」です。慶長17年(1612年)に行われたとされています。
    • 伝説: 武蔵が約束の時間に遅れて現れ、船の櫂を削って作った木刀で小次郎の「燕返し」を破り、勝利したと伝えられています。
    • 真相: 史実としては不明な点が多く、武蔵の自著にはこの決闘に関する記述はありません。就職活動説や、小倉藩の陰謀説など、様々な説が存在します。しかし、この決闘が武蔵の伝説をより強固なものにしたのは間違いありません。
  3. 風呂嫌い説: 宮本武蔵は生涯一度も沐浴しなかったという説も伝えられています。不潔だったため女性にもモテなかったと言われることもありますが、これはあくまで伝説の一端です。

著書

  • 『五輪書(ごりんのしょ)』: 宮本武蔵が晩年に記した兵法書で、彼の剣術思想や人生哲学が凝縮されています。仏教の「地・水・火・風・空」の五大になぞらえて五巻に分かれており、武術の奥義だけでなく、物事の本質を見抜く思考法や生き方についても説かれています。日本だけでなく、海外でも広く読まれ、ビジネス書としても人気があります。
  • 『独行道(どっこうどう)』: 死を目前にして書き残したとされる、21箇条からなる短い訓戒で、武蔵の簡潔で潔い人生観が表れています。「我事において後悔せず」などの名言が含まれています。

宮本武蔵は、その武勇だけでなく、哲学的な思考や芸術的な才能も持ち合わせた、多面的な魅力を持つ人物として、現代でも多くの人々に影響を与え続けています。

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