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織田信長が最後の居城として使用した城は何ですか?
- 名古屋城
- 安土城
- 岐阜城
- 大阪城
安土城は、織田信長が天下統一の拠点として、1576年(天正4年)から約3年の歳月をかけて琵琶湖のほとりの安土山に築いた城です。信長が本能寺の変で倒れた後に焼失したため「幻の城」とも呼ばれています。
安土城の主な特徴
安土城は、それまでの城の概念を覆す、革新的な構造と豪華絢爛な装飾で知られています。
- 日本初の本格的な天主(てんしゅ):安土城の最大の特徴は、日本で初めて本格的な天主を築いたことです。一般的に「天守」と表記されますが、安土城の場合は「天主」と表記するのが通例です。この天主は、地上6階、地下1階の7階建てという高層建築で、最上階は金色に輝き、内部は狩野永徳が描いた障壁画で飾られるなど、当時の最高の技術と芸術が集約されていました。
- 軍事施設から権力の象徴へ:従来の城は、戦のための防御施設としての役割が中心でした。しかし、安土城は、信長の天下布武(天下統一)の夢を象徴し、その強大な権威を内外に示すための政治的なシンボルとしての役割が強く意識されていました。信長は天主に住み、家臣団を城下に集住させるなど、城下町を含めた新しい政治・経済の中心地として機能させていました。
- 総石垣造り:安土城は、山全体を石垣で築き上げた「総石垣造り」という、当時としては画期的な構造を持っていました。これは、その後の近世城郭の原型となり、日本の城郭の歴史を大きく変えることになります。
- 豪華な内装と外装:天主の内部は金箔や美しい絵画で彩られ、外観も階ごとに異なる色が塗られるなど、非常に豪華でした。また、屋根瓦には金箔が施されたものも使われていたとされ、絢爛豪華な桃山文化を代表する建築物でした。
- 大手道(おおてみち):山麓から天主台までまっすぐに伸びる約180メートルの大手道も特徴的です。通常、城の道は防御のために曲がりくねっていましたが、安土城のまっすぐな大手道は、城を訪れる人々に信長の権威を誇示する意図があったと考えられています。
現在、安土城跡は国の特別史跡に指定されており、石垣や天主台の礎石などが残されています。これらの遺構から、信長が目指した新しい時代の城の姿を垣間見ることができます。
