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第一次世界大戦が始まった年はいつですか?
- 1912年
- 1914年
- 1916年
- 1918年
第一次世界大戦は、1914年から1918年にかけて、主にヨーロッパを舞台に繰り広げられた大規模な国際紛争です。その影響は世界中に及び、その後の国際情勢に大きな影響を与えました。
1. 勃発の背景と原因
第一次世界大戦は、単一の出来事ではなく、複合的な要因が絡み合って発生しました。
- 列強の対立: 19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ列強(イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、ロシア帝国など)は、植民地獲得競争や経済的利害、軍事力の拡大を巡って激しく対立していました。特にドイツの急速な台頭は、イギリスやフランスとの間に緊張を生みました。
- 同盟関係の形成: 各国は自国の安全保障のため、相互に軍事同盟を結びました。
- 三国同盟: ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、イタリア(後に離脱し連合国側へ)
- 三国協商: イギリス、フランス、ロシア帝国 これらの同盟関係は、紛争が起きた際に連鎖的に多くの国が巻き込まれる構造を作り出しました。
- 民族の対立(バルカン半島の火薬庫): オスマン帝国の衰退に伴い、バルカン半島ではセルビア、ブルガリア、ギリシャなどが独立しましたが、それぞれの民族主義が高まり、領土や民族自決を巡る対立が激化していました。特にセルビアの汎スラヴ主義は、オーストリア=ハンガリー帝国との間に強い緊張を生みました。
- サラエボ事件(直接のきっかけ): 1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻が、ボスニアのサラエボでセルビア人民族主義の青年によって暗殺されました。これをきっかけに、オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに宣戦布告。これにより、同盟関係が次々と発動し、ヨーロッパ全体に戦火が拡大しました。
2. 主要な戦線と戦い
第一次世界大戦は、主に以下の二つの主要な戦線で戦われました。
- 西部戦線: ドイツとフランス・イギリスの間で、国境沿いに形成された戦線です。
- 塹壕戦: 両軍が塹壕(防御のための溝)を掘り、長期間にわたって膠着状態となる「塹壕戦」が特徴でした。劣悪な衛生環境と絶え間ない攻撃により、兵士たちは心身ともに疲弊しました。
- ヴェルダンの戦い(1916年): ドイツとフランスの間で繰り広げられた激しい消耗戦。両軍合わせて70万人以上の死傷者を出しました。
- ソンムの戦い(1916年): イギリスとフランスがドイツに対して行った大規模攻勢で、初めて戦車が投入されました。ここでも両軍で100万人以上の死傷者が出ました。
- 東部戦線: ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国とロシア帝国の間で戦われました。西部戦線のような膠着した塹壕戦とは異なり、比較的広範囲での機動戦が展開されました。ロシア革命(1917年)により、ロシアは途中で戦線から離脱しました。
その他にも、イタリア戦線、バルカン戦線、中東戦線など、世界各地で戦闘が行われました。また、潜水艦による通商破壊戦や、初めて航空機が本格的に実戦投入されるなど、新たな兵器や戦術が開発されました。
3. 参戦国と勢力図
大戦は大きく二つの陣営に分かれて戦われました。
- 連合国(協商国): イギリス、フランス、ロシア帝国(後にソビエト連邦となる)、セルビアに加え、後にイタリア(元は三国同盟だが連合国側で参戦)、アメリカ合衆国、日本、中華民国などが参戦しました。最終的に27カ国が参加しました。
- 中央同盟国: ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国、ブルガリア王国
4. 日本の関与
日本は、日英同盟を理由に連合国側として1914年8月23日にドイツに宣戦布告し、第一次世界大戦に参戦しました。
- ドイツ権益の奪取: ドイツが中国に持つ山東半島の権益を狙い、青島(チンタオ)のドイツ海軍基地を攻略し占領しました。また、ドイツ領であった太平洋の南洋諸島も占領しました。
- 対華二十一カ条要求: 1915年には中国政府(袁世凱政権)に対し、「対華二十一カ条要求」を提出し、山東省における日本の権益などを認めさせました。これは中国の反発を招き、後の国際関係に影響を与えました。
- 地中海への艦隊派遣: 1917年にはイギリスの要請に応じ、地中海に駆逐艦隊を派遣し、連合国側船舶の護衛任務にあたりました。これは、日本がヨーロッパの戦場に直接的な貢献をした数少ない例です。
- シベリア出兵: ロシア革命後の1918年には、連合国の一員としてシベリア出兵に参加しました。
日本はヨーロッパの主戦場からは離れていましたが、大戦を通じてアジア太平洋地域での影響力を拡大し、戦後には国際連盟の常任理事国となるなど、国際社会での地位を高めました。
5. 戦争の終結
- ロシア革命とロシアの離脱: 1917年、ロシアで革命が勃発し、ソビエト政権が成立。ドイツと単独でブレスト=リトフスク条約を結び、大戦から離脱しました。
- アメリカの参戦: 1917年、ドイツが無制限潜水艦作戦(中立国の船舶も無差別に攻撃する作戦)を開始したことや、ドイツがメキシコに米国領土回復を促す「ツィンメルマン電報事件」が発覚したことなどが決定打となり、アメリカ合衆国が連合国側として参戦。これにより、戦局は連合国側に大きく傾きました。
- 中央同盟国の降伏: アメリカの参戦と、各国での厭戦気分の高まり、食糧不足などにより、中央同盟国側は劣勢となり、1918年11月11日、ドイツが休戦条約に調印し、約4年3ヶ月にわたる第一次世界大戦は終結しました。
6. 戦後の世界と影響
第一次世界大戦は、世界の歴史に多大な影響を与えました。
- 多大な犠牲: 兵士だけで約1,000万人、民間人を含めると2,000万人以上の死者が出たとされ、史上稀に見る犠牲者を出しました。また、戦後には「スペイン風邪」と呼ばれる新型インフルエンザが世界中で大流行し、さらに多くの命が失われました。
- ヴェルサイユ体制の成立: 1919年、パリ講和会議が開かれ、ドイツとの間でヴェルサイユ条約が締結されました。この条約により、ドイツは多額の賠償金支払い、領土の喪失、軍備制限など、非常に厳しい条件を課せられました。これはドイツ国民の不満を増大させ、後のナチズム台頭の一因となったとも言われています。
- 国際連盟の設立: 二度とこのような悲惨な戦争が起こらないよう、国際協調と平和維持を目指す国際連盟が設立されました。しかし、アメリカが議会の反対により不参加となり、強制力が弱かったため、その後の国際紛争を防ぐには至りませんでした。
- 帝国の崩壊と新国家の誕生: ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国、ロシア帝国といった、長年ヨーロッパを支配してきた旧来の帝国が崩壊し、ポーランド、チェコスロバキア、ユーゴスラビアなど多くの新しい独立国家が誕生しました。
- 総力戦と国民生活への影響: 戦争遂行のためには、国家のあらゆる資源(人的、物的、経済的)を動員する「総力戦」の様相を呈しました。これにより、女性の社会進出が進むなど、国民生活にも大きな変化がもたらされました。
- 技術革新と兵器の発展: 戦車、航空機、毒ガス、潜水艦などの新兵器が本格的に実戦投入され、戦争の形態を大きく変えました。
- 日本の国際的地位向上と経済成長: 日本は直接的な戦場とならなかったため、ヨーロッパからの軍需品需要が増大し、「大戦景気」と呼ばれる好景気を享受しました。これにより、日本は債務国から債権国に転じ、重化学工業を中心に産業が大きく発展しました。「成金」という言葉もこの時代に生まれました。
- 民族自決主義の高まり: アメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンが提唱した民族自決の原則は、アジアやアフリカの植民地における民族運動を刺激し、独立への動きを加速させました。
- 第二次世界大戦への伏線: ヴェルサイユ条約によってドイツに課せられた過酷な条件や、国際連盟の機能不全、大戦後の経済不況などが、第二次世界大戦の遠因となったと指摘されています。
第一次世界大戦は、その規模と影響において、人類史上初めての「世界大戦」と呼ぶにふさわしいものであり、20世紀の国際関係の基盤を形成した重要な出来事でした。
