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20世紀初頭に映画産業が始まったのはどの国ですか?
- フランス
- アメリカ
- 日本
- ロシア
アメリカの映画産業、特にハリウッドの歴史には、華やかさだけでなく、驚きや笑い、時には闇を感じさせる面白いエピソードが数多くあります。いくつかご紹介しましょう。
1. ハリウッドが「映画の都」になった理由:エジソンからの逃避行
映画が発明された当初、その特許の多くはトーマス・エジソンの手にありました。エジソンは、映画制作者から高額な使用料を徴収したり、特許侵害で訴訟を起こしたりと、非常に厳しく取り締まっていました。
これに嫌気がさした多くの映画製作者たちは、エジソンの影響が及ばない、そして特許法の執行が緩い場所を求めました。それが、アメリカ大陸の反対側、カリフォルニア州のハリウッドだったのです。温暖な気候で一年中撮影ができ、様々な地形がありロケ地にも困らないという利点も重なり、結果的にハリウッドは映画産業の中心地となっていきました。つまり、エジソンから逃げた結果、ハリウッドが生まれたという皮肉な話です。
2. 「オズの魔法使い」にまつわる悲しい都市伝説
名作『オズの魔法使い』(1939年)には、撮影中に俳優が自殺したという都市伝説があります。これは、一部のシーンで背景に首を吊った人影が映っているように見えることから広まったものですが、実際にはセットにいた鳥(クレーン)の影や、カカシの腕の形が誤解されたものとされています。
しかし、この作品の撮影自体が過酷を極めたことは事実です。ジュディ・ガーランド(ドロシー役)は、当時まだ若かったにもかかわらず、ダイエットのために過酷な食事制限と薬物投与を強いられ、心身ともに疲弊していたと言われています。
3. ハリウッドの検閲「ヘイズ・コード」の時代
1930年代から1960年代半ばまで、ハリウッド映画は「ヘイズ・コード」と呼ばれる厳しい自主規制に縛られていました。これは、映画における性表現、暴力、犯罪描写などを厳しく取り締まるもので、キスシーンの長さやベッドシーンの描写、さらには悪役が罰せられなければならないといった細かいルールまでありました。
- 夫婦が同じベッドに寝てはいけない: 別のベッドで寝ているように見せかける必要がありました。
- 犯罪者は必ず罰せられる: 悪役がカッコよく描かれたり、罰を受けずに終わったりすることは許されませんでした。
- 「売春婦」という言葉の使用禁止: 「娼婦」という言葉もダメで、遠回しな表現を使うしかありませんでした。
このコードがあったため、多くの監督や脚本家が、いかにしてこの制約をすり抜けながら面白い物語を作るかに腐心しました。例えば、『カサブランカ』でリック(ハンフリー・ボガート)がイルザ(イングリッド・バーグマン)と初めて再会するシーンでは、「(昔、君と)飲んでいた」という曖昧なセリフで過去の関係を匂わせるなど、洗練された表現が生まれました。
4. 禁酒法時代のハリウッド
1920年代の禁酒法時代、アメリカ全体でお酒の製造・販売が禁止されました。しかし、ハリウッドの映画界では、密造酒が横行し、華やかなパーティーが夜な夜な繰り広げられていたと言われています。映画『バビロン』(2022年)は、この狂乱の時代を描いており、当時のハリウッドがいかに無秩序でエネルギッシュだったかを見ることができます。
5. 「キング・コング」とエンパイアステートビル
1933年の特撮映画の金字塔『キング・コング』。劇中でキング・コングがニューヨークのエンパイアステートビルに登るクライマックスはあまりにも有名です。
この映画のヒロインを演じたフェイ・レイが2004年に96歳で亡くなった際、エンパイアステートビルは、彼女を追悼して15分間消灯しました。映画の象徴的な場面と現実が交錯する、感動的なエピソードです。
6. オーソン・ウェルズの「宇宙戦争」ラジオドラマ
これは映画産業そのもののエピソードではありませんが、映画監督としても有名なオーソン・ウェルズ(『市民ケーン』の監督)が、1938年にラジオ番組でH.G.ウェルズの小説『宇宙戦争』をドラマ化した際のエピソードです。
あまりにもリアルな内容だったため、多くのリスナーが本当に宇宙人が地球に侵攻してきたと信じ込み、全米でパニックが起きました。これが「メディアの効果」を象徴する出来事として語り継がれており、後の映画表現にも大きな影響を与えたとされています。
これらのエピソードは、アメリカの映画産業が単なるビジネスではなく、文化や社会に深く根ざし、人々の想像力を掻き立ててきた証拠と言えるでしょう。